元週刊ポスト編集長・関根さんと
妻・洋子さんの泣き笑い闘病記

私は3ヵ月で食道癌を消した!

 西洋医学に大きな疑問が呈されているいま、自然の草木、生物などを素とする漢方生薬に、新たな光が当てられている。

関根さん夫妻は、悪質な食道癌を乗り越えた。中国東北の朝鮮人参の産地に誕生した『天仙液(濃縮型)』がその大きな役割を果たしてくれたと、お二人は信じる。

「パパだけ先に行くなんて不公平だよ」

洋子さんは泣いた。その涙はやがて歓びの涙に。再発を防ぐ緊張のなかで、幸せをかみしめる夫妻である。


「抗癌剤も手術もやめよう、きっと秘薬を探してみせる」

「ようやく人生を楽しめると思った矢先に。そんな、不公平だよ」



 関根さん夫妻とともに海外旅行を楽しんだことのある友人が、旅先でのお二人の様子をこんなふうに思い出してくれた。

 「初めての街を散策していて、ふと気がつくと二人の姿がない。どこへと視線を走らせると、きまって手をつないでひょこひょことマイペ−スで歩く姿が、人ごみのなかに見つかる。若いカップルならいざ知らず、年配の二人が肩を寄せ合う様子はなんともいえずほのぼのとして、お互いかけがえのない伴侶なんだなと、じつに羨ましく映ったものでした」結婚30年、二人の子供も仕事につき、ご主人のほうは多忙を極めた雑誌作りの職場に別れを告げた。奥さんの洋子さんにとっては、

「これからはゆっくりと二人だけで過ぎゆく時を楽しめる」

人生のなかで、ようやく最上の舞台の到来と思えた。海外旅行もそんな舞台の一幕であった。

 そこへ、夫への突然の癌宣告である。癌のなかでも非常に難しいといわれる食道癌で、それも悪質の進行癌に取り憑かれた。大きさたるや1・5cm×5cm以上で、ウインナ−一本のサイズを超えるものだった。

「おい、化け物みたいな癌の塊が喉の奥に食らいついているらしいぞ」病院から帰った夫の報告に、しばし継ぐ言葉もなかった。

 アルツハイマ−の、ときに糞尿まみれとなる姑と同居しながらも、好きな骨董や考古学趣味を楽しむ余裕を残していた洋子さんである。気丈で、楽天家とだれもからもいわれていた。その彼女の目から、ポロポロと大粒の涙があふれた。

「・・・パパの人生っていつも派手なんだから。雑誌をベストセラ−にしたときの売り方も派手だった。会社の辞め方も電光石火だった。で、こんどは命の縮め方までド派手なんだから」

「60歳を過ぎたら、もっともっとパパとロンドンやパリに遊びに行きたかったのに。そんな、人生が不公平だよ」

 自分を詰るような、夫を責めるような口調が続いた。

 都内の大学病院に入院した。

 夫婦だけの、ときには友人を交えての連夜の話し合い、病院に持ち込んだノ−トパソコンを駆使しての治療情報の収集。。。そんななかで、洋子さんは最新医学における食道ガン治療の正体を見抜き、きわめて重要な結論に達していた。「パパ、抗癌剤と手術は絶対にやめようね。そんなことをしたら体がぼろぼろにされちゃうよ。抗癌剤を打たなくても、手術などしなくても、必ず治る秘薬を探してくるからね」と--。


パソコンを病室に持ち込んで征癌の情報戦争が始まった

 しろうと患者の決心を支えた洋子さんの“西洋医学不信”

 関根進さんはマスコミやインタ−ネットの世界では、広く名が知られている。メディアの世界の大御所といっていい存在だ。

 週刊ポスト(小学館)を120万部の日本一雑誌に育て上げた名編集長で、若くして取締役に就任。が、血の通わない大きな組織と、その底に蠢く人間関係に疑問を抱くに至り、52歳で退職した。

 それからがさらに凄いのだが、21世紀に向けて、時代はコンピュ−タを道具とするインタ−ネット、オンラインが主役となると見抜き、表面淡々と、どこかで猛然と、その分野の開拓に取り組んだ。このへんがふつうの退職オジサンと大きく違うところで、『インタ−ネットで掴め!アジアの商運』『50歳から始めよう!インタ−ネット大道楽』『編集長は魔術師』などと次々と著作もものに、またたくまに一家を成してしまった。

 好事魔多し、とはこのことか。

 鳩尾に引きつれるような痛みを覚え、食事も「ゴロンゴロンと落ちにくくなって」診察を求めたところ、内視鏡で特大の患部が写し出された。出版社時代の深酒とストレスも一因であったに違いない。

 「肉壁にドス赤黒い襞状の塊がへばりついている。食い物の通る道の半分をこの化け物が塞いでいた。コブだらけの赤鬼が涎を垂らしてこちらを睨みつけているような形相だ」

 彼は早速、この腫瘍に“人面癌”なる愛称、いや憎称をつけた。入院した関根さんに採られた治療方針は、放射線と抗癌剤で巨大腫瘍の勢いを削ぎ、縮小して、その後に手術という段取りである。

 これら治療を受けている間に、副作用に苦しみつつも、ベッドの上でお得意のパソコンを駆使して情報を集めまくった。 「食道癌手術は予後が極めて悪い」「合併症としては周辺臓器への癌浸潤に伴い、肺感染症、大動脈破綻による大出血があります。5年生存率は5〜20%です」

 読まなければよかったと思わず目を閉じたくなるようなデ−タばかりが、目に飛び込んでくる。それに耐えつつパソコンに向かううちに、やがて関根さんは最新の研究レベルから治療法、医師の対応、手術の効能に至るまで、食道癌の事情通へと変身していった。

 その結果として得たものは西洋医学と医師への疑問であり、抗癌剤、そして手術への不信の増幅だった。当然のごとくひたすら手術へと向かう治療方針に反して、にわか事情通の関根さんの胸中は次第に「手術お断り」に傾く。

 入院当初から手術の危険性を唱えていた洋子さんが、日夜その気持ちを支えた。

 抗癌剤と放射線治療の判定結果がどうあろうと手術だけはやめにしようと、関根さんがようやく気持ちを固めたのは、癌と判って2ヵ月余りがたった頃だった。


ネットでついに見つけた! これこそ手術に勝る秘薬か

 中国で正式に認められ征癌剤転移防止にも末期癌にも成果

 手術を拒否するからにはそれに代わる、いや、手術治療に絶対に勝る何かを見つけなければならない。夫妻はネットのメ−ル仲間の助けも得て、ネット上で、あるいは口コミを頼りに、徹底的に探し回った。

 その成果の一つが、インタ−ネットのホ−ムペ−ジで見つけた『天仙液』だった。中国は東北、北朝鮮との国境に近い長白山の麓で採取された漢方生薬をもととし、中国で初めて征癌剤として認められたものだという。効能書きには要旨こうあった。

*癌細胞殺傷能力とともに、生体免疫機能あり。心臓、腎臓、肝臓、造血機能の損害も回避し、副作用もほとんどない

*放射線と化学療法との併用は敏感性増強作用が著しく、また副作用を軽減し、有効率を高め、手術前後に服用することで再発と転移を防止することができる。

*末期癌患者に対して、症状の軽減や特有の苦痛による鎮痛緩和を促進し、生存期間を延長、病状を改善することで、癌との共存QOL(Quality Of Life)の質を高めることができる。

*萎縮性胃炎や良性の腫瘍治療にも同様に効果があり、悪性腫瘍への変化を予防することができる。

 もし、これらが本当だとすればこんな朗報はない。関連の資料を見ると、『天仙液』服用で癌から生還した例がこれでもかというほど数多く紹介されているではないか。

 “漢方の故郷”で王医師は誓ってくれた

 「あなたの命は私が守ります」と

 夫妻を勇気づけた


『天仙液』服用の内外成功例

<41歳男性・食道癌から生還!32歳男性・リンパ腫瘍を克服!>

 大学病院の治療方針に背き、恐る恐る、しかも断固としてわが道を歩こうとする二人に、内外の治療例はなによりも勇気付けの薬となった。<末期食道癌から生還/41歳/男性W・Oさん>

 あと3ヵ月の命といわれていたときに『天仙液』を知り、服用を始める。「まもなく生まれる予定の長子の顔を一目見ておきたかった」とWさん。服用半月もしないうちに食欲が出て、血色もよくなる。手洗いに向かう足取りも力強いものに。およそ1ヵ月、腫瘍の縮小が始まった。それからすでに2年10ヵ月、Wさんは退院し、職場に復帰。腫瘍はまだ認められるものの、現在のところ拡大も転移もない。

<リンパ腫瘍が消えた/32歳/男性T・Eさん>

鎖骨上部、脇の下、腹部にリンパ腫瘍。放射線治療を試みるも効果少なく、Tさんは自殺願望を口にするほどに。

最後の望みを託して『天仙液』の服用を開始。すると一週間で一部2×3・の腫瘍がなくなり、他の部分も半分ほどに縮小。5ヵ月目に入るころにはすべての腫瘍が消えた。

<5ヵ月で体重が6キロ増加/60歳 /女性K・Rさん>

食道の上部に2・1×8ミリの腫瘍。食事が困難となり、胸骨の痛みが酷くなる。『天仙液』を服用して2ヵ月、腫瘍は3分の1に縮小し、5ヵ月で消失。体重が6キロ増に。

不思議!夢が正夢に

『食事が全部喉を落っこちた』

治療効果率89・3%の歓びがようやくわが身にも・・・

これがまた関根さんの凄いところなのだが、“人面癌”と闘い、手術強要の医師と闘いながら、一方で闘病の記録をつけ続けていた。不安に苛まれるなかでの執筆はなかなかできるものではなく、体力もさることながら、まず精神力に脱帽してしまう。(その記録『母はボケ、俺はガン』は日経BP社より出版され、現在も店頭を飾っている)

『天仙液』の服用を開始してまもなく、彼は書いている。

『(アガリクス茸などと異なり)直接的に患部に効き目をもたらしそうな秘薬は『天仙液』だった。

成分は天花粉(ウリ科トウカラスウリの塊根)、人参(ウコギ科人参の根)、猪苓(サルノコシカケ科チョレイマイタケの乾燥菌)など30種類の生薬を配合したドリンク剤(1アンプル10・入り)で、飲みやすく、仁丹のような味がする。

とくに食道癌の治療効果率が89・3%というデ−タは目を見張らせた。癌抑制のみならず、抗癌剤などの副作用を防ぎ、胃を強くし、利尿効果を上げるというではないか。』 行を変えて、さらに書いている。

『服用し始めてから、なんとなく食道の通りがよくなったような感触が走ったのである。』

半信半疑ながら羨ましくも思っていた一連の治療成功紹介例、その先人たちの歓びが、自分自身のものともなりつつあるのか・・・。

やがて吐き気や下痢も収まり、食欲が回復してきた。

『不思議なことは重なるものだ。その晩、食道のツカエがすっかりとれた夢を見た。』

これは、正夢となった。

『翌日は朝食も昼食も全部、喉を落っこちたのである。』

報告する夫の子供のような、誇らしげな様子に、洋子さんは濡れる頬を拭うのも忘れていた。


『天仙液』のふるさとはとりどりの花に囲まれていた

 「腫瘍が小さくなったら手術を」と外科的治療に固執する医師たちの手を振り切るようにして、退院した。入院3ヵ月、4月25日のことである。
 縮小どころではなく、前後の検査で、腫瘍がすっかり消失していることが確認された。「これは奇跡だ」と、医師もうなるほどであった。
 『いったい放射線の西洋医学が勝ったのか、秘薬生薬の東洋漢方が効いたのか。腫瘍が半分に縮まれば放射線の驚異的効果ありといわれるが、あの巨大な人面癌がスッポンと姿を消してしまったのだ。間違いなく秘薬が奇跡を誘発したに違いない』

旅行中のお二人。(北京外国語大学にて)

 そして秋、今度は7泊8日で“『天仙液』のふるさと”を訪ねた。北京から空路、長春へ、長春から車で半日も揺られて長白山の麓へ。

 『天仙液』の開発で『国家青年英雄』の称号を得ている王振國医師の本拠、長白山薬物研究所が、山間の丘の上にあった。冷気の漂うなか、とりどりの花が咲き乱れる薬草園に『天仙液』の秘密は隠されている。遠い昔、地球の地軸があったといわれるこのあたりは、あの朝鮮人参の産地でもある。なにか、土壌に現代西洋医学に勝る魔力が潜んでいるのだろうか。

 「『天仙液』はこの地だから誕生したもので、その中身はつねに改良が加えられ進歩しています。これからは『『天仙液』の濃縮型があなたの命を支えてくれるでしょう」
診察してくれた王医師は最後にこうもいった。

「奥さん、私の薬があなたの最愛の人を守ってみせます」

洋子さんの涙は三度目だった。洋子さんは泣いて、そして笑った。

健康雑誌キュアケア掲載(禁・無断掲載)